シリーズ ・
旅行記
『ヒロシマ』
4月19・20日
2.
夕暮れの平和公園に感動し、元安橋まで戻って元安川を渡る。
橋を渡ると札幌狸小路のような「サンモール」(青い線)が続く。
夕食は、広島名物お好み焼きと決めていたから、
パルコのあるあたりまでまっすぐ歩く。
まず「そば肉玉」と生のジョッキを頼んでみる。
思わず「うまい!」
廻りを見回すと地元の人間は、へらから直接食べていたり、
マヨネーズかけてたり、いろんな食べ方があって面白い。
たまたまカウンターの隣の席は、ドイツ人一家の観光客だった。
国際的なんだよね。
*
次の日の20日は、ホテルの向かいの「広島美術館」のカフェで朝食後のコーヒーを飲んでから、
広島城を観光。
広島の街はインフラが整備されていてとてもきれいな街だ。
来てわかったのは、人口が120万人いるということ。
札幌とかわらないじゃないか。
なのにずいぶんきれいに整備された印象を受ける。
日清戦争当時は、大本営がおかれ仮の首都機能がおかれた時期もあったという。
*
そして再び、昼の平和公園へ。
こんどは、平和大通り、南側からアプローチ。
母子像噴水越しに。
空中回廊でつながった西館東館は、当初の打ち放しコンクリートから、御影石張りに変わっている。
力強いピロティのコンクリートの柱。
図面によると桁行きの広い柱スパン10.415m、妻奥行きでやはり10.514m。
その上に全長、82.288m*18.184mの2階がのっている。
矩形は、2階スラブ+R階スラブで6.948m+6.948m=13.896m。
2階の縦方立ては、1.4mピッチで、
当初はその中にルーバーが9段ついてたようです。
かなり練られたプロポーションではないでしょうか。
*
そこに、今日もたくさんの生徒が見学に訪れている。
ピロティ柱廻りは、休むのに絶好の空間らしく、子供たちでいっぱいの人だかり。
そして、なんと資料館の入館料はわずか50円。
外国からも大勢の人々が訪れている。
*
資料館と慰霊碑の間の広場は、国際的で、
まるでパリの凱旋門の周辺のような雰囲気があってなかなかなものだ。
世界で初めての原爆が落ちたから、これだけ復興し世界中から人が集まってくるという皮肉。
なぜだかわからないけれど、感動的なのだ。
資料館の北側バルコニーから、原爆ドームを望む。
慰霊碑の中を通して、
人々は、今日もその向こうに原爆ドームを望みながら、
慰霊の手を合わせる。
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